【ゆうゆうLife】

認知症の原因を明らかにし、薬の処方を見直したり、ケアを工夫したりすることで認知症の人の状態が目に見えて良くなるケースもある。しかし、確定診断を受けている人は多くない。専門家は患者と家族に、早い段階で正確な診断を受けるよう求めている。(佐藤好美)

熊本県荒尾市の特別養護老人ホーム「白寿園」の鴻江(こうのえ)圭子施設長は、3年前に入所した70代女性のことをよく覚えている。確定診断の必要性を実感するきっかけになった人だからだ。

女性は「アルツハイマー型認知症」と診断されていた。入所からしばらくすると怒りっぽくなり、徘徊(はいかい)が目立つようになった。発熱しても徘徊はやまず、職員が声を掛けると、腹を立ててドアを蹴る。医師の診察を受け、薬を減らしたり変えたりしたが、良くならない。ろれつが回らず、介護に抵抗し、夜間も頭をガックリ垂れた前傾姿勢でふらつきながら歩き続ける。廊下やトイレで横になる。衣類を脱ぐ、食事を投げる、廊下で排泄(はいせつ)するなど、認知症の周辺症状(BPSD)と呼ばれる行動に、スタッフらは疲弊した。

食事をしないことによる脱水や栄養失調をはじめ、転倒骨折も心配された。薬の副作用も疑われたため、白寿園では家族と相談し、女性を専門医に伴った。

その結果、女性は「レビー小体型認知症」と診断された。専門医が薬を変更すると、女性の状態は10日目頃から変化。バランス良く歩くようになり、暴言・暴力が減少。食事も自分で取るようになって脱水や便秘が軽快し、トイレで排泄するようになった。何より意思疎通が可能になり、女性に笑顔が戻ったという。

「認知症」は症状にすぎず、原因疾患は主に「アルツハイマー型」「脳血管性」「レビー小体型」「前頭側頭型」などに分かれる。それによって症状も治療法も違い、薬の処方が適切でないと、悪化することもある。

鴻江施設長は「特養入所者の8割が認知症という時代に、『心に寄り添うケア』という情緒的なことだけではいけない。医療技術は必要で、確定診断があるとケアも変わる。脳血管性は行動が緩慢になりがちだから、生活にメリハリをつけようとか、前頭側頭型は時刻通りの行動や決まった行動にこだわるので、こだわりに合わせて散歩や風呂の時間を設定しようなどの工夫ができる」と指摘する。

確定診断がケアに及ぼす影響は大きい。白寿園では昨年、認知症でてんかんの80代男性が入所した。歩けず、興奮しやすく、大声を出す。認知症の原因疾患が不明だったため、専門医を受診し、アルツハイマー型と診断された。

医師はさらに頭部CT、下肢の筋力、関節の動きにくさの状態を見て、「歩けないはずはない。薬の中毒症状によるのではないか」と指摘し、血中濃度を測りつつ薬を減量したり、変更したりした。「歩けるはず」と聞いた介護職らは、男性に立つ、座るなどのトレーニングを開始。男性は2カ月後には平行棒内を歩き、最終的に歩行器で園内を移動するまでに回復した。

鴻江施設長は「何年も前に診断を受け、薬もそのままで特養に入る人が多い。家族には確定診断を受けてほしいし、介護職は病気の特徴を知り、症状との関係を考えつつケアすることが重要」と話している。

■特養で調査とモデル事業 「原因違えば治療法も違う」

「全国老人福祉施設協議会」は昨年、調査委員会を設置。会員特養の認知症の新規入所者5人について、確定診断の有無、服薬状況、周辺症状などを調査した。

1143人分の集計によると、原因疾患が分かっている人は46・5%。中でも、レビー小体型と前頭側頭型は1%程度。発生頻度が認知症の2割程度とされるのと比べて大幅に少なく、見過ごされている可能性もあることが分かった。

同委員会は、さらに3カ所の特養で認知症の周辺症状が顕著な10例を抽出。専門医の再診断、処方薬の見直し、医療職と介護職の定期的なケア会議、ケアの見直しを行うモデル事業を実施した。

その結果、原因疾患を明らかにして薬を調整し、ケアを工夫することで状態が大幅に改善するケースがあることが分かった。イラストと、先に紹介したてんかんの80代男性は、モデル事業の具体例だ。

同委員会の委員長で、熊本大学医学部神経精神科の池田学教授は「原因疾患が違えば治療法も違う。例えば、レビー小体型はアルツハイマー型に比べて、薬への感受性が強いから、処方のさじ加減が違う。転倒も多い。しかし、入所時に原因疾患が特定されていない認知症の人が多い。今はほとんどの町に認知症に詳しい医者がいるから、介護する家族は、かかりつけ医に『認知症の専門医を紹介してほしい』と相談し、確定診断を受けてほしい」とアドバイスする。

加齢とともに病気も重複し、高齢者の薬は増えがち。認知症の他に基礎疾患があるケースでは、薬の見極めは特に難しい。しかし、中にはせん妄(意識が混濁し、幻覚や錯覚がみられる状態)を起こしやすい薬や、認知機能の低下しやすい薬もある。

池田教授は「いつ、どんな目的で出された薬なのかが分からないまま、長年飲んでいることもある。経緯が分からずに中止するのは、医者も怖い。家族や介護者は服薬を本人や他人任せにせず、飲んでいる薬が何のためなのか把握していてほしい」と話している。-産経新聞